「まだ軽度だから大丈夫」がなぜ危険なのか
認知症は進行性の病気です。今日できることが半年後にはできなくなる可能性があります。
法的に問題になるのは「意思能力の喪失」です。重度の認知症と判断されると、その人が行った契約は取り消される可能性があります。重度になってから慌てても、遺言書も任意後見契約も締結できません。
成年後見制度を利用すれば財産管理は続けられますが、家庭裁判所が後見人を選任するため、家族の意向が必ずしも通りません。費用も月に数万円が継続的にかかります。
親が「自分のことは自分で決められる」うちに動く。 これが5つの手続きを急ぐ理由です。
手続き①:金融機関・口座の把握と整理
認知症が重くなると、銀行が「本人の判断能力が疑われる」として取引を制限するケースがあります。正式な凍結ではありませんが、窓口での出金を断られることがあります。
まずやること:
- 親が持っている口座の銀行名・支店・口座番号を一覧にする
- 通帳・キャッシュカードの保管場所を確認する
- 使っていない口座(ゆうちょ・農協・地方銀行の古い口座など)を把握する
遠距離の場合、「保険や年金の手続きを一緒に確認したい」という名目で電話で聞くのが入りやすい入り口です。
手続き②:任意後見契約の締結
任意後見契約は、「判断能力があるうちに、将来の後見人を自分で指名しておく制度」です(任意後見契約に関する法律)。
通常の法定後見と違い、家庭裁判所が後見人を選ぶのではなく、本人が信頼できる人(家族・専門家など)を事前に指名できます。
手続きの流れ:
- 任意後見人になる人と合意する
- 公証役場で公正証書を作成する(費用は内容によるが数万円〜)
- 認知症が進んで判断能力が低下した時点で、家庭裁判所に任意後見監督人の選任を申し立てる
任意後見契約は、判断能力がある間しか締結できません。診断後でも軽度なら可能ですが、公証人が「意思能力あり」と確認できる状態が条件です。
手続き③:遺言書(公正証書)の作成
遺言書は、本人の意思が明確なうちに作る必要があります。
公正証書遺言は公証人が関与するため法的効力が最も強く、認知症の初期段階でも「意思能力あり」が確認できれば作成できます。自筆証書遺言(全文手書き)より確実性が高いため、認知症の可能性がある場合は公正証書を選んでください。費用は財産額によりますが、数万円〜十数万円程度。公証役場に事前予約が必要です。
手続き④:財産目録の作成
口座・不動産・保険・株式・ローン残高を一覧にした財産目録を作っておきます。
相続が発生した際、どこに何があるかわからないと手続きが数ヶ月単位で遅れます。特に不動産は登記簿の確認が必要で、気づかない財産(農地・山林・古い借地権など)が出てくることがあります。財産目録は認知症対策と相続対策を兼ねます。一度作っておくと、任意後見や遺言書作成の際にもそのまま使えます。
手続き⑤:医療・介護に関する意思確認
認知症が進むと、本人が医療行為や介護方針について意見を言えなくなります。確認しておきたい項目:
- 延命治療の希望(胃ろう・人工呼吸器など)
- 介護施設への入居の意向(施設の種類・地域)
- 葬儀の希望(宗教・形式・規模)
- 臓器提供の意思
「エンディングノートを一緒に作ろう」という入り口であれば、親も構えずに話しやすくなります。エンディングノートに法的効力はありませんが、家族が意思を把握しておくことに価値があります。
認知症診断から手続きできなくなるまでの期間
認知症と診断されても、軽度であれば法的手続きはまだできます。ただし、軽度から中等度への移行は早い人で1〜2年です。
| 段階 | 法的手続きの可否 |
|---|---|
| 軽度認知障害(MCI) | ほぼすべての手続きが可能 |
| 軽度認知症 | 公証人・司法書士の判断次第で可能 |
| 中等度以降 | 法的手続きは原則不可 |
※個人差があります。手続きの可否は専門家に確認してください。
「来年帰省したときに」と思っていると、半年後には公証人が意思能力を認めてくれない状態になっている可能性があります。
遠距離の場合、どう動くか
今すぐできること(電話):
- 口座・通帳の保管場所を確認する
- かかりつけ医の名前・連絡先を確認する
次の帰省時にやること:
- 財産目録の土台作り(通帳・保険証書の確認)
- 任意後見の話を切り出す(「将来の判断が難しくなったときの備えとして」)
- かかりつけ医への同行
専門家に任せること:
- 任意後見契約・遺言書の作成は司法書士・公証役場
- 相続税の試算は税理士
相続税がかかるかどうかの判断は、不動産の評価が絡むと素人では正確に計算できません。「うちは関係ない」と思っていた家庭が、蓋を開けたら対象だったというケースは少なくありません。
まとめ
認知症対策で押さえる3点:
- 口座・財産の把握:場所と内容を一覧にするだけでよい。今日からできる
- 任意後見契約:「誰に後見人になってほしいか」を決めて公証役場へ。判断能力があるうちのみ締結可能
- 遺言書(公正証書):財産の行き先を決める。公証人が意思能力を確認できる段階で作る
対策できる期間は、親が自分のことを自分で決められる間だけです。